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京都地方裁判所 昭和63年(ワ)2486号 判決

原告

石川清正

右訴訟代理人弁護士

柴田耕次

被告

京都信用金庫

右代表者代表理事

井上達也

右訴訟代理人弁護士

森川清一

主文

一  被告は原告に対し、別紙目録記載の土地建物につき、京都地方法務局嵯峨出張所昭和五六年一二月二八日受付第三二八一四号の根抵当権設定登記の抹消登記手続きをせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実・理由

一申立

1 原告

主文同旨。

2 被告

原告の請求を棄却する。

二事案の概要

1 請求の対象(訴訟物)

原告が本件土地建物の所有権に基づき、これに根抵当権設定登記をしている被告に対してその抹消登記を求めるものである。

2 前提事実

(一) 本件土地建物はもと原告の母金再鶴の所有であり、昭和五六年一二月二八日、同女は、有本長三郎(夫の妹の夫)の依頼を受けて、同人が四条大宮にテナントビルを買い、その内装工事をする資金の融資を被告から受けるにあたり、被担保債権を信用金庫取引、手形債権、小切手債権として、極度額を四億円とする本件根抵当権設定契約をし、その旨の登記をした(争いがない事実、〈書証番号略〉、証人松田泰一第七回口頭弁論実施分二丁表裏)。

(二) 昭和五六年一二月三〇日、被告の連帯保証のもとに(〈書証番号略〉)、有本長三郎は日本生命から前示(一)の根抵当権に基づき、一億五、〇〇〇万円の貸付を受けた(〈書証番号略〉)。

(三) 同日、有本は、前示(二)の貸付を被告に依頼する際、連帯保証人として金再鶴の署名がある連帯保証書を差し入れた(争いがない、〈書証番号略〉)。

(四) 昭和五七年三月三一日、有本長三郎は四条大宮の土地にメゾンドール四条大宮(テナントビル)を新築し(〈書証番号略〉)、同年四月一四日、これを追加共同担保として、被告に被担保債権を前示信用金庫取引、手形債権、小切手債権、極度額を前示四億円とする根抵当権の設定登記をしたうえ、日本生命から二億五、〇〇〇万円の貸付(追加融資)を受けた(〈書証番号略〉)。

(五) 昭和五八年七月二六日、原告は、金再鶴から本件土地隣接の二筆の譲渡(実質的に贈与)を受けて、その所有権を所得しその旨の所有権移転登記を了した(〈書証番号略〉)。

(六) 同年一一月八日、金再鶴が死亡し、これを原告の兄弟である尹清澄他四名が本件土地、建物を相続し、昭和六一年五月七日その旨の所有権移転登記を了した(〈書証番号略〉)。

(七) 昭和六〇年一二月一〇日、有本長三郎は、前示(四)の追加融資を受けた金員の残債務一億七、八〇〇万円を支払い、被告は前示(四)により追加共同担保として差し入れた四条大宮のテナントビルの根抵当権設定登記を抹消した(争いがない、〈書証番号略〉乙区七番)。

(八) 昭和六一年六月五日、被告は、前示連帯保証に基づき、日本生命に対して、有本長三郎の前示(二)の一億五、〇〇〇万円の貸金の残金九、九六九万九、〇六七円を代位弁済した(〈書証番号略〉)。

(九) 同年七月一一日、尹清澄他四名は前示(六)の土地、建物を原告に譲渡し、その旨の持分全部移転登記を経た(〈書証番号略〉)。

3 争点

本件の争点は、次のとおりである。

(一) 前示2(一)の金再鶴のした本件土地の根抵当権設定契約は、有本が文盲の金再鶴を欺罔したものであって、これが無効ないし取り消されるものか否か。

(二) 被告がした前示2(七)の共同根抵当権の抹消によって、原告は本件根抵当権につき免責を受けるか、とくに、①前示2(七)の根抵当権抹消後に前示2(九)により所有権を取得した原告が、被告の担保保存義務違反による免責を受け得るか否か、②被告が金再鶴とした担保保存義務免除特約の効力とその範囲。

(三) 原告のした弁済猶予申し入れの効力。

三争点の判断

1 金再鶴の本件土地の根抵当権設定契約の無効ないし取消の検討

(一) 事実の認定

(1) 昭和五六年一一月下旬、有本は被告金庫を訪問し、四条大宮のビルを買いたい、その内装工事のため四億円融資して欲しい旨の申込をした。その際、担保として姉の金再鶴の嵯峨にある本件土地建物と購入する四条大宮のビルを担保とする、連帯保証人は金再鶴になってもらうと述べた(証人松田泰一前掲二丁表裏)。

(2) 同年一二月一〇日、被告の営業部事務次長で営業担当の松田泰一は、当時の金再鶴宅であって本件土地建物の所在地である京都市右京区嵯峨五島町三三番地を訪問して、前示有本の四億円の融資に関し、同女にその所有の土地建物の担保提供、連帯保証につき、その真否を尋ねたところ、「弟から聞いている担保提供も間違いない」旨を述べてこれを確認した(〈書証番号略〉、証人松田前掲三、四丁)。

(3) 同月二八日、有本は、金再鶴の署名押印のある根抵当権設定契約書を被告金庫に持参した(〈書証番号略〉、証人松田前掲四丁裏)。

(二) 検討

以上の事実によると、金再鶴がした本件土地の根抵当権設定契約は、有本が文盲の金再鶴を欺罔したもので、これが無効ないし取り消し得るものと認めることができず、その旨をいう原告本人尋問の結果の一部は、前掲各証拠、弁論の全趣旨に照らし、遽かに措信し難く、他に原告主張の右事実を認めるに足る的確な証拠がない。

したがって、根抵当権設定契約の無効、取消をいう原告の主張は採用できない。

2 担保保存義務違反による免責の検討

(一) 担保喪失後の第三取得者と免責の成否

(1) 被告がした前示二2(七)の共同根抵当権登記の抹消によって、原告は本件根抵当権につき免責を受けるか、とくに、同(七)の根抵当権抹消後に同(九)により所有権を取得した原告が被告の担保保存義務違反による免責を受け得るか否かにつき、原告は、当然免責されると主張し、被告は、この場合には免責を主張できないと、争っている。

(2) 被告は、前認定二2(七)のとおり、昭和六〇年一二月一〇日、有本長三郎から追加融資を受けた金員の残債務である一億七、八〇〇万円の支払いを受け、前認定二2(四)により追加共同担保として差し入れた四条大宮のテナントビルの根抵当権設定登記を抹消して放棄したものであって、これは民法五〇四条の債権者の担保の喪失に当たり、「代位ヲ為スヘキ者」は、その喪失により償還不能となった限度に於いて免責されるものというべきである。

もっとも、原告は、前認定二2(九)のとおり、本件根抵当権付土地建物を右抹消後の同年七月一一日、原告が亡金再鶴を相続した兄弟から譲渡を受けて、その旨の持分全部移転登記を経たものである。

(3)  このように、原告のような追加共同担保の喪失後の根抵当権付土地建物の第三取得者が、民法五〇四条の「代位ヲ為スヘキ者」に当たるかについては、なるほど、被告主張のように、原告が譲渡を受けた時点では、すでに共同担保自体が消滅しているから、取得前の債権者の担保喪失行為によりその利益を害されるものではないともいえなくもないが、同条の趣旨は、物上保証人や第三取得者などが、債権者に弁済するには、総債務額から求償を受けられなくなった額を控除した残額を支払えば、債権者との関係で債務が完済したものとみなされること、又は、その担保から求償を受け得た限度で、責任の全部又は一部が消滅することにある。これが、担保喪失、減少時の担保義務者に免責請求権を付与し、その免責請求をまって効果が発生するというものではなく、担保の消滅、減少と同時に右の責任消滅などの効果が生ずる趣旨であって、このことは、民法五〇四条が「責ヲ免レル」と規定し、免除を請求できるとしないことからも明らかである。

そして、債権者は担保喪失、減少当時の担保権者に対して、担保喪失による免責の効果を受けるものであるのに、たまたまこれが第三取得者に譲渡されたからといって、債権者にこの免責を否定すべき合理的理由がない。

そもそも、民法五〇四条の趣旨は次のとおりである。即ち、一般に、正当な利益があって、他人の債務を弁済する者が、他人に対して求償権を実現するため、債権者がもっていた担保権を取得して、これを行うことができる(民法五〇〇〜五〇二条)。民法五〇四条は、この弁済により法定代位権者が持つ求償権の取得を条件とする潜在的担保権を保護するため、債権者が担保保存義務を負うことを前提とした規定である。もとより、担保物件の第三取得者は、債権者との間に、直接の契約関係がないけれども、その譲渡人がその債権者との間の契約に基づき、担保保存義務違反により受ける免責という地位、即ち、前示の残額の支払いによる完済ないし責任の消滅という地位を承継するというべきである。この場合、免責の利益が債権でないことを理由に承継を否定することはできない。

(4) したがって、原告は、被告の右担保喪失による免責を主張できる「代位スヘキ者」に当たるというべきである。

(二) 担保保存義務免除特約の効力

(1) 前認定の二2(二)の金再鶴と被告間の根抵当権設定契約には同契約書一二条一項に「根抵当権設定者は、貴金庫がその都合によって他の担保もしくは保証を変更、解除しても免責を主張しません。」との定めがある。

(2) そして、根抵当権付本件土地建物の第三取得者である原告が、この金再鶴のした担保保存義務免除特約の効力を受けるかにつき、議論の余地がないわけではないが、原告がこの根抵当権付本件土地建物を取得することにより、根抵当権に基づく担保義務を承継するのに伴い、その根抵当権設定契約上の担保保存義務免除特約の効力も承継を受けるものというべきである。

(三) そこで、次に、この担保保存義務免除特約が権利濫用になるか否かにつき検討する。前認定二2認定の各事実、とくに、同(七)の昭和六〇年一二月一〇日、有本長三郎から同(四)の追加融資残金一億七、八〇〇万円の支払いを受けて、被告が同(四)の追加共同担保である四条大宮のテナントビルの根抵当権設定登記を抹消した行為は、被告において、これが追加共同担保であることを看過して、追加融資分のみの担保であるかのように取り扱っており、これに代わる担保を要求していないことや、もともと、前認定二2(一)のとおり、本件根抵当権設定が有本の債務に対する物上保証として、有本が四条大宮のテナントビルを買い、内装工事をする資金の融資を受けるために義姉である金再鶴が親族の情から無償でしたものであることなどに照らすと、有本の提供した同人の四条大宮のテナントビルの根抵当権に対する求償権の確保は重要であり、これを抹消して、担保を喪失した被告には、当時の状況のもとにおいて取引上の通念に照らし、故意または重大な過失があるものというべきである。

したがって、このような特段の事情がある場合において、被告がこの右免除特約を主張することは信義則に反し、権利濫用に当たるものとして、右特約の効力の主張が許されないから(最判平成二・四・一二金法一二二五号四四頁参照)、被告の担保保存義務免除の主張は採用できない。

(四) 原告の弁済猶予の申し入れの効力

(1) 昭和六一年六月一〇日、原告の代理人垣尾六郎が、被告金庫へ行き、原告作成の「私は金再鶴所有物件を担保とする有本長三郎の債務残額金一億円余を弁済すると申し出ましたが、全相続人間で協議が調わず現在京都家庭裁判所に遺産分割協議の調停を申し立てている現状であります。今暫く猶予下さる様お願いいたします」旨を記載した申出書を被告金庫の受付に持参して提出した(〈書証番号略〉、証人岸村第一〇回口頭弁論実施分七〜九丁)。

(2) この申出書につき、被告はこれにより原告が債務の存否にかかわらず、債務を承認したものであるとの趣旨を主張する。

しかし、債務の存否や効力の有無にかかわらず、債務を絶対的に承認する無因債務承認契約の成立を認めるためには、わが民法が有因契約を原則としている以上、和解、債務清算契約などのように、これを無因とする特段の事情が必要である。

そして、前示(一)の弁済猶予申出書が、和解、債務清算契約などのように、原告の債務の存否にかかわらず、債務を絶対的に承認する無因債務承認契約であったこと、また、この代理権を原告が垣尾に授与したことを認めるに足る的確な証拠がない。なお、証人岸村国三の証言中においても、この申出書につき具体的に示談の話がなく、単に、垣尾が被告金庫受付に提出したものにすぎないことが認められ(証人岸村前掲八丁裏、九丁表)、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨に照らしても、原告が垣尾に右代理権を付与したものでないことが明らかである(原告本人第一〇回口頭弁論実施分一八〜二〇丁、同第一一回七〜九、一三、一四丁)。

したがって、右弁済猶予申出書の提出によって、担保免除の効力が消滅するという被告の主張は採用できない。

3 免責の範囲、効果

(一) 免責の範囲

以上のとおり、被告の四条大宮のビルの根抵当権喪失により、原告が免責を受ける範囲は、前認定二2(一)、(二)のとおり、金再鶴が、有本の被告に対する債務を担保するため本件土地建物に本件根抵当権を設定して物上保証人となったものであって、同人は有本に対し、被告に対する弁済額全額を求償することができる関係にあるから、その地位を承継した担保付物件の第三取得者である原告も有本に弁済全額の求償をし得る関係にある。そして、前認定二2(四)により有本が本件土地建物と共同担保となる根抵当権を設定した四条大宮のビルを担保として、二億五、〇〇〇万円をそれぞれ貸し付けていたことに照らし、これが少なくとも同額以上の価値を有していたものと推認できる。

したがって、この免責の効果として、原告は自己が被告に弁済すべき被告の請求額である有本の残債務九、九六九万九、〇六七円全額につき、被告の前示担保喪失により免責を受け、その責任が消滅したものと認められる。

(二) 免責の効果

以上の結果、原告は、本件根抵当権の被担保債権残額全額を完済したものとみなされ、その責任の全部が消滅したものというべきである。

四結論

よって、原告の請求は、その余の判断をするまでもなく、理由がある。

(裁判官吉川義春)

別紙物件目録

(一)京都市右京区嵯峨五島町三三番二

一、宅地 535.23平方メートル

(二)右同町三三番三

一、宅地 228.93平方メートル

(三)右同町三三番四

一、宅地 68.98平方メートル

(四)右同町三三番二

家屋番号三三番二

一、木造瓦葺二階建 居宅

床面積 一階

118.24平方メートル

二階 68.12平方メートル

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